東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)186号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は、以下に説示するとおり正当であつて、原告の主張はすべて理由がないものというべきである。
1 前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許願書並びに添付の明細書及び図面)、第三号証(手続補正書)及び第七号証(手続補正書)を総合すれば、本願発明は、二枚のパネルを一体に取り付けるための留め具、特に自動車の室内装飾のため張られる飾り板を車体内壁に止着するような場合に使用されるプラスチツク製の留め具に関するものであり、前記本願発明の要旨のとおりの構成(本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)を採用することにより、二枚のパネル及び留め具を傷つけることなく、その結合とその解除(離脱)とを簡便に行うようにしたものであるところ、本願発明の留め具の構成において最も重要な点は、「雄部材に備える軸部を雌部材の胴部内に突入させ、この内部で双方の部材を係脱自在に結合させ、且つこの結合状態において上記胴部に突入した軸部がその結合部を中心に胴部内壁との間隙を利用して揺動すること」にある(甲第三号証の第二二頁第一〇行ないし第一五行)ことを認めることができる。
他方、引用例に本件審決認定のとおりの内容の記載(「合成樹脂製キヤツプ6は胴部の中空の内部と金属クリツプ5の軸部の下部に備えるばね作用をもつ脚部4、4´とが結合する係止構成となつており」との部分及び「ばね作用をもつ脚部4、4´と合成樹脂製キヤツプ6との係止構成による結合時に」とある部分を除く。)があることは、原告の認めるところであり、これに成立に争いのない甲第六号証(引用例)を総合すれば、引用例は、本願発明の特許出願前国内に頒布された実用新案公報であつて(この点は、原告の明らかに争わないところである。)これに記載された考案は、自動車などの乗物内部の内張り装飾品(装飾化粧板など)を車体に組み付ける際に用いる固着具の改良に関するものであつて、図面第4図に従来の固着具(金属クリツプと合成樹脂製キヤツプとの組合せ)による最終組付状態を示す断面図(引用例甲のもの。別紙図面(二))が、また、第1図ないし第3図に右考案の固着具及びその組付状態等が図示されている(引用例乙のもの)ところ、引用例甲のものにおいては、金属クリツプ5の軸部が下部に備えるばね作用をもつ脚部4、4´とこれに嵌る合成樹脂製キヤツプ6の胴部と結合しており、その結合関係は、両者の材質(後者が一般に若干の弾性をもつものであることは明らかである。)、脚部のばねの弾力性及び合成樹脂製キヤツプの胴部との緩やかな凹凸嵌合の構造からみて係脱自在であることは機能上自明であり、しかも、脚部と合成樹脂製キヤツプの胴部との結合状態において金属クリツプはその脚部の結合部以外の個所では合成樹脂製キヤツプの胴部内壁と間隙が存在するから、金属クリツプは、その脚部の結合部を中心に合成樹脂製キヤツプの胴部内を揺動することができるものであることを認めることができる。
2 叙上認定の事実に基づき、本願発明と引用例甲のものとを対比するに、両者は本件審決認定の<1>及び<2>の点で相違するが、その余の点は相違するところがないものと認めることができる(右認定事実中、両者の間に相違点<1>及び<2>の存することは、原告の認めるところである。)ところ、原告は、右相違点<2>についての本件審決の認定判断を争い、本願発明において、雌部材は胴部の中空の内部に雄部材の軸部先端に備える係合部と嵌り合せの関係で係脱自在に結合する係止部を備えているのに対し、引用例甲のものはこれに相当する構成を欠き、また、これに関連して本願発明の雄部材軸部先端の係合部と引用例甲のものにおける金属クリツプ下部のばね作用をもつ脚部とは構成及び作用効果を異にする旨主張する。しかし、前認定したところによれば、引用例甲のものにおける金属クリツプの脚部と合成樹脂製キヤツプの胴部との結合関係は、本願発明の要旨にいう嵌り合せの関係で結合しているものであり、その奏する作用効果において両者に格別の差異はなく、したがつて、引用例甲のものにおける金属クリツプの脚部及び合成樹脂製キヤツプの胴部は、本願発明における雄部材の係合部及び雌部材の係止部に相当するものということができる(なお、本願発明と引用例甲のものとにおいて、雄部材の係合部及び雌部材の係止部とが構成を異にすることは明らかであるが、本件審決は本願発明と引用例記載のものとが同一発明であるとしたものではなく、本願発明は引用例記載のものから容易に発明をすることができたものと判断したものであり、この場合には、構成上の差異を前提として、構成相互間の難易度等を基準に容易に推考し得るか否かを問題とするのであるから、両者の構成に差異があること自体は直ちに結論に影響を及ぼすものということはできない。)。ところで、原告は、叙上の雄部材と雌部材の結合関係について、本願発明の雄部材の軸部の結合時の揺動作用と引用例甲のものの金属クリツプの脚部の結合時の揺動作用とは異なる旨主張するが、前認定したところによると、本願発明における揺動作用とは、雄部材の係合部と雌部材の係止部との結合を嵌り合せの関係とし、雄部材の軸部と雌部材の胴部とが係脱自在に結合され、かつ、この結合状態において軸部がその結合部を中心に胴部内の間隙を利用して揺動することをいうものであるところ、引用例甲のものにおいても、金属クリツプの脚部と合成樹脂製キヤツプの胴部とは本願発明にいう嵌り合せの関係で結合されており、脚部と合成樹脂製キヤツプの胴部とは係脱自在に結合され、かつ、金属クリツプはその脚部の結合部以外の個所では合成樹脂製キヤツプの胴部内壁との間に間隙が存するから、金属クリツプに対し横方向の力が作用した場合、脚部がそのばね作用により撓むことがあるにしても、その撓みの程度はバネの弾力性に依存するところ、これを実用に適するように適宜強化することは当然であり、この場合には、右脚部の揺動作用が本願発明における雄部材の揺動作用と著しく異なるものとは認められず、また、金属クリツプに対しこれを引き抜く方向の力が作用した場合、金属クリツプは合成樹脂製キヤツプの胴部との間隙の範囲でその脚部の結合部を中心に任意の向きに揺動することができるものであるから、この場合においても本願発明における雄部材の揺動作用と引用例甲のものの金属クリツプの脚部の揺動作用とが格別異なるものとみることはできず、したがつて、原告の叙上主張はいずれも採用することができない。この点につき、更に原告は、引用例甲のものにおいては、雄部材と雌部材との結合の解除について開示するところがないのみか、本願発明の場合と異なり、金属クリツプの軸部の向きの変化に伴い合成樹脂製キヤツプとの結合を解除する力に変化を生じ、結合を解除し得ないし、また、仮に、引用例甲のものにおいて、金属クリツプが合成樹脂製キヤツプから外せるとしたら、このキヤツプは脚部のばね作用でキヤツプが外方に膨らむことによりボデイパネル7の孔に取り付くものであるから、キヤツプがボデイパネルから先に外れてしまう旨主張するが、引用例甲のものにおいては、前認定のとおり、金属クリツプの脚部と合成樹脂製キヤツプとが弾力性を有する緩やかな凹凸嵌合をしているので、金属クリツプを合成樹脂製キヤツプから引き抜く場合、容易に右凹凸嵌合を解くことができ、金属クリツプの軸部の向きによつて合成樹脂製キヤツプとの結合を解除する力の作用に多少の変化が生じるにしても、軸部の向きによつて、結合の解除が困難となり、部材を破損するような場合があるとは到底認められず、したがつて、叙上前段の主張は採用するに由なく、また、叙上後段の主張についてみると、引用例甲のものにおいて、金属クリツプと合成樹脂製キヤツプとの結合を解除するに要する力に比べ合成樹脂製キヤツプとボデイパネルとの結合の解除に要する力を強くした取付手段を、合成樹脂製キヤツプとボデイパネルとの間に使用すれば、金属クリツプと合成樹脂製キヤツプとの結合の解除前に合成樹脂製キヤツプとボデイパネルとの結合が先に外れるという不都合を生じないことはみやすいところであり、このような取付手段は設計に際して適宜選択することができるものであるから、原告の叙上後段の主張も採用の限りでない。
3 叙上認定説示したところによれば、本願発明と引用例甲のものとは、技術分野を同じくし、その構成に相違するところがあつても、その差は程度の差にとどまり、本願発明の構成に困難性があるものとはいい難く、その奏する効果において格別の差異もないから、本願発明は引用例記載のものから容易に発明をすることができたものと認めるのを相当とし、したがつて、本件審決の認定判断は正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
二枚のパネルを一体に取付ける雄、雌二つの部材があり、雄部材は一方のパネルに形成する孔部に係止する頭部とこの頭部の片面から延設される軸部を有し、上記頭部は孔部への挿入量を規制する主フランジと孔部に収まる頭部とパネルの反対側に抜出し頭部の引抜きを阻止する保持フランジを備え、また軸部は軸先端に係合部を備え、他方雌部材は他方のパネルに形成する透孔に挿入され、且つ開口を通して上記雄部材の軸部を受入れる内部を中空にした胴部と、この胴部の上記透孔に対する挿入量を規制する取付フランジを備えてなる二枚のパネルを一体に取付けるための留め具であつて、上記雌部材は胴部の中空の内部に雄部材の前記軸部先端に備える係合部と嵌り合せの関係で係脱自在に結合する係止部を備え、他方雄部材はその軸部の軸径を雌部材の胴部開口部内径より細く形成し胴部内壁との間に所要の間隙を確保すると共に、係合部と係止部の結合時に雄部材の前記主フランジが雌部材の取付フランジを自由に動ける長さを有するように形成して雌、雄両部材が結合状態にあるとき上記係合部と係止部の結合点を中心に雌部材の胴部に収まる雄部材の軸部を上記間隙の範囲で任意の向きに揺動可能にしたことを特徴とする留め具。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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